玄界灘から吹き込む気持ちのいい海風を浴びながら、福岡市の中心部から車を40分ほど走らせた先、志賀島(しかのしま)。小学校の歴史の教科書などでも頻出のこの場所で発掘されたとされる、"金印"をモチーフにしたロゴ入りの作業着を身にまとうのは「百姓園」代表の北本さん。百姓園では、山海の豊かな自然の恵みを活かしながら、米・野菜・果樹などを多品目で栽培する。

「実家が傾いた。」
北本さんの走り出しは決して順風満帆ではなかった。農家をしていた父の家業を継ぐことを決めたのは、20年ほど前。福岡県西方沖地震のあった年だ。震源地に近かった志賀島も、被害は大きかった。
北本さん:「地震の揺れで、実家と当時父が経営していた海の家が傾きました。すぐに志賀島に戻って、一緒に避難所生活をしました。その後も含めて、とにかく一家が大変な状況で、途方に暮れる親の姿が今でも印象に残っています。」
当時、志賀島を離れ、金融の仕事をしていた北本さん。地震を機に会社を退職し、百姓園の看板を背負うことを決意。立て直しが始まった。

どれだけ"野菜の気持ち"になれるか。
就農当初、農業に関する書籍を読みながら、知識を深めていくことに一定のエネルギーを注いだが、何より畑での実践の積み重ねがいまに活きていると話す北本さん。誰かの知識やメソッドが、杓子定規にその土地、その野菜に、当てはまるはずがない。どれだけ、足元の土の声を聴けるか、どれだけ"野菜の気持ち"になれるかだという。
北本さん:「本に『30cm間隔を空けて育てること』と書かれていても、50cmにしたりしますもんね。人間でもぎゅうぎゅう詰めのマンションに住むより、戸建ての方が居心地いいですよね。目の前の野菜たちに対して、どういう風に可愛がってあげると、より多くの子孫を残そうとするのかなと考えたり、作物と対話しながら育ててます。」
そして、百姓園の野菜が美味しい理由は、シンプルながらも、やはり大きな違いが生まれるもの。"土・水・空気"である。
北本さん:「動物性堆肥と植物性堆肥を混ぜ合わせたオリジナルの堆肥でつくる"ふかふかな土"、志賀島の地下から汲み上げた"井戸水"、潮風にのって運ばれてくるミネラルたっぷりの"空気"。志賀島の自然の恵みの力を借りながら育てています。でも、野菜も子育てと一緒で、甘やかしすぎると貧弱野菜になってしまいます。なので、少し水を枯らして厳しめに育てたり、野菜の持っている力を葱き出すことを意識しています。」

"大変"よりも"楽しい"が大きい。
1分1秒で刻々と状況が変わり、臨機応変な対応が求められる、金融関係の会社で働いていた北本さん。天候とうまく付き合いながら、計画的かつ柔軟に作業を進めていかなければならない農業の世界にも順応しやすかった。
現在、所有しているのは、田んぼ9ヶ所、畑5ヶ所、果樹園5ヶ所、計19ヶ所。これらの広大な農地を、なんとたった2人で切り盛りしているという。さらには、地域の子供たちのために、朝と夕方に幼稚園のバスの送迎もされているそうだ。そんな多忙を極める日々にもかかわらず、"大変"だと感じることはなく、志賀島の自然のリズムを感じながら、汗を流して働くことがむしろ"楽しい"と話す。
北本さん:「農業の面白さの一つなんですが、それぞれの作物の手のかかる時期がちょうど少しずつずれてるんですよ。3〜5月は野菜に専念しますが、6月になると田んぼが忙しくなります。田植えが終わったら7月からは野菜の収穫、それを片づけて10月には稲刈りです。その分年中忙しいですけどね(笑)日の出とともに作業を始め、日の入りとともに作業を終える。本当に太陽のリズムに沿って生活しているのを感じます。」

「志賀島を助けたい。」
百姓園では、近隣の飲食店や志賀島の住民の方への販売を優先している。そこには、高齢化により農家が減少し、地元の農作物の供給力が激減している志賀島を助けたいという想いがあった。
北本さん:「この辺りは志賀島の中でも農業が盛んな地域で、昔はどこの家庭でも果樹を栽培していました。ところが、車の運転が出来なくなって辞める方が増えてきています。うちも年間で大量購入のご要望などもあるのですが、地域のお客様を最優先したいので、志賀島を助けるためにも待っていただいたりしています。」
そんな百姓園で育った作物は、老若男女問わず大好評。野菜嫌いの子供が自ら欲して食べられるようになったこともあるそうだ。口コミでファンが続々と増えており、今年のお米もわずか数ヶ月で完売してしまったとのこと。
北本さん:「自分達にとっては身近で当たり前の味ですが、お客様から言われて初めて『あ、自分の野菜は美味しいんだ』と気づかされたりします(笑)うちは特に営業はしていないのですが、先日もロコミであるホテルのシェフに視察に来ていただきました。料理人の方からは『野菜の濃さが違う』といった感想をよくいただきますね。」

野菜ができるまでの"過程"を知ってもらいたい。
百姓園では、野菜ができるまでの"過程"を知ってもらいたいという想いから、体験農園も実施している。それも、当時は九州初の体験農園だったそう。
栽培にかける労力や大変さは勿論、当たり前にあるものが当たり前ではないということを知ったうえで食べる野菜の美味しさを味わっていただきたい、という想いで続けて今年で15年目。
北本さん:「体験農園では通常市場に出回らないものが食べられます。例えば、カブの『間引き菜』と言って、芽同士が競り合うのを防ぐために間引く部分は、一般的には捨てられますが、若葉で美味しいんですよね。春に咲く大根の黄色い花もそうですね。こういったものを食べられるのも農家の特権ですが、体験農園ではさらに各々の好きなタイミングで収穫した野菜を食べていただけます。」

「いただきます」「ごちそうさま」の意味
最近では、志賀島の幼稚園の園児に向けて、芋掘り体験や収穫体験など、自然と触れ合いながら、"食"という大きなテーマを親御さんと一緒に学ぶ機会を提供している。
北本さん:「アトピーやアレルギーになる子供が最近多いですが、その理由の一つとして言われているのがお腹にいる時のお母さんの食べものの影響です。世の中にも"食"を見直す時期が本格的にきているのかなと思っています。そんな時期にこういう仕事をさせてもらえることがありがたいですね。」
さらには、北本さん自身が幼少時代にやってきた経験を現代の子供たちにも体験してもらい、"命"の大切さを学んでほしいという想いも。
北本さん:「卵1個で鶏の命が1つなくなっているし、手羽先一本を食べるのに鶏が1匹死んでいるわけですからね。僕は幼少期に、鶏、マムシ、猪を捌いて食べた経験から、"命"について考え、学んできました。『いただきます』『ごちそうさま』と言うのは何故か。機械的に言うのではなくて、その意味を伝えていく農園であり続けたいと思っています。」

"当たり前の感覚"を後世に伝えていく。
あらゆる食材がスーパーで手に入り、"命"や"食"に対する意識が希薄になりつつある昨今。北本さんの幼少時代は対照的であった。「米粒1つには百の神様がいる。だから、残さず食べなさい。」と、それが"当たり前"と言われて育ってきたという。
北本さん:「地震での避難生活でも感じたのが、自分の身や自分の生活は自分で何とかする、何とかできるようになっておく必要がある、ということです。そして、それを伝えていくことが僕の使命かなと思っています。僕1人がしたところで日本が変わるわけではないですけど、そういう農園がいてもいいんじゃないでしょうか。」
百姓園はこの先も志賀島の地から、古くから紡がれてきた、この『当たり前の感覚』を後世へとつないでいく。
