還暦後の人生第二幕。有名シェフも唸る、熱帯果樹の究極の味。

ハウスの中へ一歩足を踏み入れると、まるで南国を訪れたかのような熱帯果樹の数々に高揚感を感じる。福岡市早良区にある「樹(いつき)ファーム」では、"博多"の名が冠された看板商品、パッションフルーツ「博多リリコイ」をはじめ、バナナ、パイナップル、パパイヤ、グァバ、ライチなど多種多様な熱帯果樹を無農薬・低化学肥料で栽培する。



"忘れられない"味を多くの方に。

国内では、果樹の中でも熱帯果樹を専門とする農家さんは極めて稀であるが、中でもパッションフルーツとなるとさらに少数。日本では、スーパーや毎日の食卓に並ぶものではなく、馴染みのない方も多いかもしれない。だからこそ、一度口にすると、深く五感に刻まれて、"忘れられない"味になる。それが熱帯果樹の魅力だと、園主の平野さんは語る。

平野さん:「『世の中にこんなに美味しいものがあったんだ』と一人でも多くの方に思っていただきたいですね。果物好きな方でも、『死ぬまでに一度でも口にしたい』と願ってやまないようなものをつくりたいです。」

"忘れられない"味を多くの方に。

大学卒業後は定年を迎えるまで、まさに"畑違い"の建築業界一筋で勤め上げたという平野さん。人生100年時代と言われる今、定年後の人生をどう生きるか考えた末、若い頃に訪れたハワイや沖縄で食べたパッションフルーツの味が忘れられなかったことから、熱帯果樹の栽培に生きることを決意したそう。

平野さん:「あと2、30年生きると考えたらまだまだこれからですよね。僕としては、農業で果樹という"友達"を探しにきているようなものですね。」

気温の関係で栽培可能な地域が限られている熱帯果樹は、国内では鹿児島県や沖縄県といった年中温暖な地域で栽培されることが一般的。そんな中、あえて福岡の地に農園を構えた理由を伺った。

平野さん:「熱帯果樹は日持ちがしないので、生産地で食べるのが一番美味しいんです。沖縄でいいものがつくれたとしても、そこからお届けするまでに時間がかかってしまっていては美味しい状態で提供できない。福岡は九州最大の消費地で、多くの方に知ってほしい、一番美味しい状態で食べてほしいという想いがあり、この場所に決めました。」



「繊細で大人しい」熱帯果樹の気持ちを真に汲み取る。

樹ファームのフルーツは、口に入れたときの酸味と甘味の絶妙なバランス感が良い。そして、柔らかく上品な味わいが魅力だ。この味に到達するまで、決して楽な道のりではなかったと平野さんは話す。

平野さん:「熱帯果樹は繊細で、一番大変なのは温度管理。ハウス内は15〜30℃を維持しています。30℃を超えるとその一回だけですぐに枯れてしまうので、夏は特に気をつけないといけないです。果樹はものを言わないから、こっちが気を遣ってあげないとだめなんです。去年までは毎日ハウスに来て、じょうろで水をあげてたんですけど、今年から自動で水をやる装置を導入できてだいぶ楽になりました。おかげさまで今年の正月は就農してから初めて実家に帰れました(笑)」



主観と客観で磨き上げる。

農園スタートから今日に至るまで、お客様に"美味しい"を届けるためにもう一つ欠かしていないことは、食の専門家から評価を受けること。そう、シェフなどの食のプロから、味だけでなく香りや食感など総合的な意見やアドバイスを得る機会を自らつくっているそうだ。

平野さん:「うちはプロの舌を必ず通しています。自分で食べてみて美味しいと思うものをつくることは勿論ですが、それだけだと主観だけになってしまいますよね。どの業界にも当てはまることですが、プロの人たちの発想はやっぱり違いますし、素人では思いつかない引き出しをたくさん持っていますよね。そういった全く違う経験や人生観をもった方々と、果樹という自分の"子供たち"を通じて一体になれることも、就農前の人生で味わえなかった面白みの一つだと思います。」

プロから受けるフィードバックをもとに、味に磨きがかかった樹ファームのパッションフルーツは、業界人からの評価も高い。

平野さん:「あるホテルのシェフにうちのパッションフルーツを食べていただいた時、『美味しい、美味しい』と10個ほど食べていただいたことがありました。その時は本当に感無量で、言葉にならないものがありました。やってきてよかったなと思いましたね。」



果樹との対話を楽しむ、第2の人生。

平野さんが定年後の30年で達成したいと掲げる目標の一つは、「熱帯果樹の魅力をひろめ、福岡の特産品にする」ということ。それでも、目標は目標。到達までの道のりにあるその全てをとにかく楽しみたいと平野さんは話す。

平野さん:「肉体労働でもあるから、いつまでできるか分からないですが、基本的にすべてが楽しいですよ。草むしりも楽しいし、『ちょっと水が欲しいな』とか葉っぱで合図してくれたり、果樹との会話も楽しいです。何から何まで新鮮な連続で、還暦を迎えて、また新しい人生を一から始めてる気持ちにさせてもらってます。」

平野さんにとって"友達"でもあり"子供"でもある果樹との対話。人生の第二幕は、こうした小さなことも一つ一つ楽しみながら、一日一日を大事に。目標に向かって、心豊かに歩んでいく。

文:田崎 琴乃