災害を乗り越えて。「山、海、人を守る」農業の大義を果たす。

辺り一面にひろがる美しい田園風景に癒されていると、「さちまる農園」ご夫婦の農作業中の元気な声が聴こえてくる。にんじんやミニトマトを中心に、多品目の野菜を有機無農薬・無化学肥料で栽培する。中でも看板野菜のにんじんは、えぐみが少なく、ほんのり甘い。にんじん嫌いのお子様でもモリモリ食べられると、お子様思いのママたちも絶賛を博す。



出逢いは学び舎。

お二人の出逢いは、農業ビジネススクール。心ほころぶ、何とも素敵な出逢いである。

朋美さん(奥様):「もともと一次産業に興味があったのですが、母がそのスクールのスタッフだったこともあって、スクールのイベントにもよく顔を出してました。そこで旦那と出逢ったんです。」

早智さん(ご主人):「自分はもともとカメラマンをしていたのですが、大学の同期にそのスクールの1期生がいて、『面白い学校がある』と教えられたのがきっかけでしたが、もともと農業に興味があったので、入校しました。」

早智さんのスクール卒業後、地域の農園での研修を経て、2018年に結婚。さちまる農園が、夫婦円満で走り始めた。



「ファストフードも食べる」食生活から一転。

安心安全な野菜づくりに励むさちまる農園。就農以前は、"食"の安全に対する強い意識があったわけではなかったとのこと。

朋美さん:「昔はファストフードもよく食べてました。ところがある時、子どもがアトピーになり、食べものにもアレルギー数値が出てきて、そこからがらっと"食"を意識する生活に変わりました。ただ、本当に食の情報って様々で、何が正解なのかが分からないですよね。私もそこで悩んでいて、本当に色んなものを試しました。その後、最終的には『自分たちがいいと思うものを自分たちでつくるのがいいよね!』というところに落ち着いた結果、いまの形があるという感じです。」

早智さん:「自分はもともと食には本当に無頓着で、食べられれば何でもいいという感じでした(笑)無農薬という言葉すら知らなかったぐらいなので、健康志向が強い妻と"真逆から出逢った"感じです。ただ、初めて妻のごはんを食べたとき、本当に美味しくて驚いたことを覚えています。そして、食べものが変わると、身体も変わるし、味覚や嗅覚も人間が持つ本来の感覚に戻る感じがしたり、妻のおかげでそんなことが分かるようになりました。」



「山、海、人を守る」

そんなご夫婦が目指すのは、"大切な人に食べてもらいたい、安心安全で本当に美味しい野菜づくり"。スクールで培った知識と高い技術をもって、その理念を実現している。

早智さん:「スクールでは、BLOF理論という科学的根拠に基づいた農業技術に関する理論を学びました。その理論のもと、植物生理や土壌中にいる微生物について体系的に勉強したことが日々の仕事に活きてますね。失敗した時に、BLOF理論のおかげで失敗した理由が分かるし、一度理論に立ち返って考えられるのがとてもありがたいです。」

朋美さんも後にスクールに入学。「農地を広げずとも、作物の収量を上げられる」というBLOF理論の真髄に魅せられたと話す。山や川が綺麗になり、豊かな自然を維持することで、結果として、人の暮らしが守られている。「山、海、人を守る農業」という"大義"が自分たちにはあると。さらに、共通の理論と言語があることにより夫婦のコミュニケーションも円滑になったと話す。

「それでもまだまだ分からないことだらけ」というご夫婦は、就農して5年目となる現在も卒業生向けのゼミに通っており、さらなる技術向上に励んでいるという。



想うからこそ、衝突する。

さちまる農園としての共通の理念、そして、BLOF理論という共通の言語がありつつも、唯一、意見が衝突すること。自分たちの野菜にどんな価値を与えて販売するか。野菜の"売価"である。

朋美さん:「私自身、お客様に毎日躊躇なく購入できる手頃な価格で販売したい気持ちが特に強いんですよね。旦那さんの稼ぎで生計を立てている主婦の方で、買い物で揉めることなどよくあるのではないかと思います。お客さんの1人で『ナチュラルな食生活に興味があるけど、旦那さんの理解が得られなくて。』と涙を流されている方がいて、とても共感しました。お母さんが一番に想うのは、自分ではなく、やはり子供。その気持ちに応えたい想いがあります。」

一方で、そういった想いに寄り添いたい気持ちは勿論あるものの、さちまる農園の未来を想うからこそ、経営者として譲れないラインがどうしてもあると話すご主人。

早智さん:「勉強して無農薬でできるだけの技術を得た分、やはりその付加価値は低くはないと思っています。また、うちだけ安くしてしまうと、他の有機栽培で一所懸命されている方が困ってしまうといったこともあります。経営者としての視点、主婦の視点、他の有機農家の視点、これらの折り合いのつく最適なバランスを二人で模索し続けるしかないと思います。」



災害を乗り越えて。『ほしまる』からはじまる新たな挑戦。

今後は農業を基軸に、お互いのやりたいことを実現していきたいと語るご夫婦。現在計画しているのはカフェ兼店舗だ。

記憶にも新しい、大きな被害を生んだ2017年の九州北部豪雨。なんと新たな事業展開が始まる場所は、その豪雨による土砂流の中で周辺で唯一残った、一軒の古民家だそうだ。その"奇跡の家"の住所が「星丸777」であったことから、その場所を『ほしまる』と名付けた。

早智さん:「『ほしまる』のある地域は、豪雨の被害で現在は、豪雨の前の約半分の人口になっています。住まれていた方々も、なかなか戻ってくるきっかけがないらしいんですね。『ほしまる』の場を通じて、この地域にもう一度人を呼び戻すことができればと、市役所の方からも応援いただいています。そういった地域貢献としての役割も、結果的にてはありますが、果たすことができるというのは、とてもありがたく、嬉しい話でした。」

『ほしまる』は、アーティストボックスとして場を提供することを構想中で、さらにイベントや農業体験もできる、"地域のコミュニティ基地"としての機能を持つ。

早智さん:「人が輝く姿を見るのが好きなんだと思います。やりたいことがあるけど、あと一歩勇気がでない、そういう人の背中をそっと押すような場所になれば嬉しいですね。自分達でさえ、やりたいことを仕事にできてるんだから、その気があればきっとできるはずです。」

お互いの意見に対して、「うん、うん。」と微笑みながら相槌を打つ、その表情が印象的なご夫婦。夢を追う人の背中を応援したい早智さんと、子供のことを一生懸命に考える親を応援したい朋美さん。さちまる農園はこれからも農業を中心に据えながらも、人の「大切にしたい気持ち」に寄り添い、応援し続ける。

文:田崎 琴乃