糸島市志摩松隈の山道を抜けた先。どーんと空が開け、心地よい風が吹き抜ける高倉農園の生姜畑には、就農のために関西から糸島へ移住してきた高倉さんご夫婦の賑やかな関西弁が飛び交う。「香り高く、生命力溢れる」と評判の一級品の生姜のほか、約70種の野菜を無農薬・無化学肥料で栽培する。

"田舎の暮らし"に見つけた世界観。
就農前は、映像関係の仕事をしていたという高倉さん。ある時、ドキュメンタリーアートの映像作品を撮るために、福岡県朝倉市にある枇木(はき)という地域で農業をしている親戚を訪ねた。住み込みで"田舎の暮らし"に密着したその2ヶ月間が、人生の転機となった。
雅昭さん:「枇木には古くから受け継がれているお祭りがいくつかあって、中でも『おしろい祭り』といって、粉にした新米を水で溶いて顔に塗り、今年の豊作に感謝しつつ、来年の五穀豊穣を祈願するようなお祭りがあります。"田舎の暮らし"には、そういった「非日常」が、「日常」の暮らしに入り混じっている、不思議な世界観があるんです。こういうマジックリアリズム(現実と非現実が入り混じる不思議な世界観)に魅せられ、『田舎で暮らしたい!』と思ったのがきっかけでした。そこから、歳をとっても続けられるし、ということで農業を始めるに至りました。」
夫婦ともに関西生まれ、関西育ちの高倉さん。就農の地に糸島を選んだ理由についても伺った。
雅昭さん:「親が朝倉(福岡県)出身なので、最初は朝倉で考えてたんですけど、親戚の家にたまたま遊びに来ていた方に糸島を勧められたのがきっかけでした。その時は糸島のことを全く知らなかったんですけどね。旅行で行ってみたら、自然が豊かで何より海が綺麗で、その旅行を機に決めました。」
由紀子さん:「実際に住んでみても、やっぱり海が近くて気持ちいいですね。」
慣れ親しんだ関西を離れ、糸島での就農を決めた高倉さん。さて、次なるミッションは「何をつくるか?」を決めること。そうした最中、知人の一言で、いまや高倉農園の代名詞でもある主力の作物が決まった。
雅昭さん:「京都に住んでいた頃によく通っていた森林食堂というカレー屋さんがあって、そこの店主に『生姜だったら、うちで買うよ』と言われて、じゃあ生姜を作ろう!と決めました。就農してからずっと、そのカレー屋さんはうちの生姜を使ってくれてます。ほんと頭が上がらないです。」

香り高く、"生命力"溢れる生姜。
高倉農園の生姜の最大の魅力は、生姜特有の爽やかな香りと瑞々しさ。その秘訣について伺った。
雅昭さん:「生姜の場合、使う肥料によって香りが全然違ってきます。毎年の土壌分析は欠かせませんし、分析結果をもとに肥料の種類や量を細かく調整しています。」
こうして丹精込めて土壌を整える結果、自然と生命力溢れる健康な生姜が育つ。お客様からも「他の生姜よりも日持ちがする」というお声が多いのもその証拠。「キッチンに置いていただけたのに新芽が出てきた」というお声もあるそう。
雅昭さん:「生姜は同じ畑で栽培すると病気のリスクが高くなってしまうので、毎年畑を入れ替えています。使用していない間は、緑肥(収穫した農作物そのものを肥料として土壌へ入れること)を入れたり、連作を避けることによって土壌に地力を取り戻し、作物が健康に育つようにしています。」

雨で9割ダメになった年も
2016年の就農後、今年で8年目。生半可な志では続けてこれなかっただろう。
由紀子さん:「実際に農業をやってみると、めちゃくちゃ大変。もちろん大変なことは分かっていたけど、思っていた何倍も何十倍も大変でした。」
一番の難敵はやはり"天候の読みづらさ"である。高倉農園も例外なく、自然との付き合い方に悩まされた。
雅昭さん:「生姜は特に水が重要なので、降水量によって生産量が左右されます。雨が降りすぎて、つくった生姜の9割がダメになった年もありました。いつも生姜を楽しみに買ってくださっていたお客様からいただいた『頑張って』という励ましの言葉が、その時はどんな言葉よりもありがたかったです。」
いまや毎年冬季に人気の「冬野菜のセット」は、実は9割が廃棄になった大変な年に、応援してくださった方々へ「ありがとう」の気持ちを伝えたいという想いで始まったセットだそう。
由紀子さん:「人がいくら工夫しても、うまくいかないことの方が多いのが農業だと思います。相手は自然だし、自分達が合わしていくしかないので、どんなに大変なことがあっても、しょうがないと思えますね。」

横のつながり、地域のつながり。
就農からいままで数々の苦難を乗り越えられたのは、普段から相談させていただける先輩農家や、糸島での研修先で出会った同業の仲間たちの存在だと、高倉さんは話す。
雅昭さん:「研修を通じて、技術や知識だけでなく、志を同じにする仲間ができたのが良かったですね。いまも土壌分析に使っている機械は、研修先で出会った農家さんから毎年借りてます。地域の方も親切で、いまの圃場も地主の方から『他の畑に注力するので』ということで良い土地を貸していただきました。農業を始めてからずっと、横のつながりや地域のつながりが本当に大事だな、と感じてます。」

お客様の「日常」の一部に。
失敗の度に一つ一つ課題を解決していき、年々収穫が安定するようになってきた、と話す高倉さん。最後に、今後の向かう先について伺った。
由紀子さん:「お客様が自分に合った野菜を選びやすくてきれば良いなと思います。食卓をパッと華やかに彩る野菜、『おっ、なにこれ?』と思わせるような珍しい野菜など、個人個人に合う野菜を提供しつつ、お客様の日常の一部になっていき、いつの間にか『うちの野菜がないと寂しくなる』みたいに思っていただけるような農園を目指してます。そのためにも、いつも買っていただいているお客様をはじめ、いまよりもっと身近で気軽に買いやすくできると良いなと常々思ってるので、栽培方法の研究や品種選びなどトライアンドエラーを地道に続けていきたいです。」
さまざまな壁がありながらも、自分たちにできること、自分たちだからこそできることをしっかりと理解し、ただひたすらにそれを続け、歩んでいく。
