”人にも自然にもやさしい”農業と場づくりを。

「自然と共存し、人と人が繋がる場所をつくる」という理念を掲げ、創業10年目を迎える「わかまつ農園」では、最も力を入れる甘夏みかんをはじめ、いちご、びわ、梅など果樹を中心に栽培する。少し小高い丘にある農地には、糸島の気持ちの良い海風が吹き込み、果樹たちにミネラルを届ける。農薬・化学肥料は一切使用しない農法により、お客様の安心安全は勿論、自らも心の底から"美味しい"と言える果物づくりを目指す。



とにかく自然のままに、成長を"見守る"こと。

わかまつ農園が栽培で大切にしていることは、手を加えることを最小限にし、とにかく自然のままに、成長を"見守る"こと。果物も野菜も、自然のままに育てれば強く育ち、人が手を加えずとも病気にならないようにできている、と話す若松さん。

若松さん:「例えば、うちで露地栽培しているいちごは、6月に収穫します。6月という時期は、もともといちごが自然と美味しく成る時期です。人間の都合で、長い期間流通を可能にしたり、本来と違う時期に収穫できるようにしたりしなければ、農薬や化学肥料なしでも美味しいいちごができます。」

形が綺麗でも味が画一的なものが手に入りやすい便利な昨今。自然の恵みのみで生み出された、その品種本来の美味しさを味わうことができること自体が極めて貴重な体験である。

若松さん:「"美味しさ"というのは、分解すると結局、甘味・酸味・苦味のバランスだと思うんです。どれか一つだけ際立っていても、味がぼやけてしまうので、全体がまとまるようにそれぞれの味を調和させる必要がある。僕たちがやっているのは、そのために必要な成分を、果樹や野菜が自然の恵みから上手く取り入れられるように、そっとサポートするということだけなんです。」



「概念が変わる」わかまつ農園の甘夏みかん。

甘夏みかんと聞くと、やや酸味の強い印象があるが、わかまつ農園の甘夏みかんは特有の酸味は保ちつつも、果汁たっぷりで甘さが際立つ。

その秘訣の一つは、まずは肥料。糸島を代表する水産物である牡蠣の殻を砕いた肥料は、ミネラルたっぷりで、甘夏の味に深みが出るという。

そして、もう一つは、収穫時期と時間帯。自然に美味しくなる時期があるというのは先述の通り。加えて、晴れた日でなければならないという天候条件がある。さらに、甘味をつくり出すブドウ糖が光合成により最高潮に凝縮されると言われる、1日の中での"ゴールデンタイム"があるそうで、この時間帯を狙って、一気に収穫を行うという。

若松さん:「お客様からは『甘夏の概念が変わりました』といったお声をいただいたりします。もっともっと多くのお客様に喜んでいただけるように味を進化させていきたいです。」



袖振り合うも他生の縁。

もともと飛行機の整備士をされていた若松さん。お客様の安全と喜びのため、決められたスケジュールに則り計画的に作業を進め、自らの責任を全うするという部分は、いまの仕事においても変わらない。

国内では大災害、海外ではテロがあり、世の中が混沌としていた時期、若松さん自身の病気も重なり、「もっと人や社会の役に立ちたい」と、今後の人生のフライトプランを再考するきっかけになったそう。

若松さん:「もともと自然が好きで癒される感覚があり、自然と触れ合えるカフェを始めたいと思ってたんです。ところが、一層の事、カフェで提供する食事の食材から自分でつくってしまえばいいじゃないかと思うようになり、農業を始めることを決意しました。」

就農にあたって、東京から糸島へ移住してきたものの、当初は知り合いもおらず、農地を見つけるのには「本当に苦労しました」と話す。とにかく忍耐強く、道をすれ違う人へも声を掛けるほどであったと当時を振り返る。

若松さん:「果樹がしたかったのですが、果樹ができる土地がなかなか見つからず苦労しました。そんな中、犬を散歩している人に話しかけたら、たまたま土地を持っていらっしゃって、5年ほど借していただけることになりました。その後、その土地を一所懸命耕してやっていたら、『あの人は本気だな』と思われたのか、他の方からも農地も借していただけるようになりました。」



"人にも自然にもやさしい"場所

当初の目標であったカフェ「お菓子と暮らしの物 りた」は、2021年夏にオープン。倉庫を改装したおしゃれな空間は、若松さんが自前で設計・施工をしたという。カフェでは、わかまつ農園自慢の果樹や野菜を使用したメニューを提供し、併設された直売所では、収穫した作物は勿論、果樹の蒸留エキスを用いたアロマオイルや洗剤といった、自社オリジナルの加工商品など、"人にも自然にもやさしい"アイテムが豊富に並ぶ。

若松さん:「食べ物や暮らしのものを通して、社会の役に立ちたいという私の想いをお客様にもお伝えしたく、カフェをつくりました。農園で生まれた果樹、野菜、加工品が、皆さまの日常に寄り添えると幸いです。」



「利他」から始まる自給自足のまちづくり

若松さんのゴールは、自給自足のまちをつくること。カフェを拠点に料理教室やセミナーなど、様々なイベントを開催する。最近では、ピザの原料収穫から調理、食べるまでの一連の流れを体験できるイベントを開催するなど、地域の人々が"農業"や"食"について考えるきっかけづくりにも力を注ぐ。

農業だけでなく、カフェやイベントなどを通じて「多くの人が喜ぶ場をつくりたい」と、まさにカフェの店名の由来でもある"利他"を体現する若松夫婦。今後も自然との調和をはかりながら、無理なく、人が喜ぶモノと場所を提供し続ける。

文:田崎 琴乃